スレにはこの事件に関する動画のリンクが貼られていた。
大義の春
三里塚13年の闘いは、農民を無視し踏みつぶそうとする国家権力に対して、人間の復権を求める農民の
一歩も引かぬ闘いの歴史であった。
そもそも 東京周辺に新しい国際空港を作りたいと言ったのは、 1962年の池田内閣だが、建設予定地は
霞ヶ浦案○○案など 時の実力者達の利権にからんで二転三転し、1967年7月突如 宮内庁のご用牧場がある
三里塚に決定した。農民に一言の相談もなく当に政治決定であった。
日本一と言われる肥沃な土地を誇る三里塚農民は土地を守り農民として生きる権利を守るために 空港絶対反対の闘いに立ち上がった。しかし先主公団はこの農民の反対の声を一切無視し札束と機動隊の暴力で土地を取り上げようとした。 1971年2月の第一次強制代執行では けが人1132人逮捕者462人を出し、同年4月の第二次強制代執行では、けが人471人逮捕者は958人に上った。三里塚の土はおびただしい血を吸い込んだ。
反対同盟は同盟近郊に入った少年行動隊を始め老人行動隊、婦人行動隊がそれぞれ創意をこらした戦術で戦った。
この動画は空港反対の立場から描かれている。だから片寄っている。
しかし、それを差し引いても、今中国でオリンピックや土地開発で強制的に立ち退きを迫られ家を壊されている農民や、公害に対して暴動を起こしている人民を、中国共産党が軍や警察を使って弾圧しているのと
たいして変わらんと思った。けが人2000人あまり。機動隊の銃の水平撃ち、亡くなった方もいたらしい。12人の人のこもる塔は強制的に倒され中にいた人たちは当然の事ながら無事では済まなかった。戦争のような画面に驚く。そんな時代が日本にもあったのだ。
2ちゃんの住人たちは、中国のやり方はさんざん非難して中国共産党の非道の証明のように使っているくせに、数十年前に日本に現実にあった国側の暴力的弾圧に対しては、抗議した農民労働者支援者まとめて非国民呼ばわり、「団塊の世代のバカはさっさと死んでくれ」だのと言っている。
てかそれ、ちょっと変なんじゃないのか??
そりゃその内闘争のための闘争になってしまった嫌いはあるだろうけど、運動の始まりはそうではなかったのではないか。それでなくてはこれほどまでに賛同者も現れなかっただろうし、国側のやり方にも問題はあったのだという意見も多い。
よく「中国の核は綺麗な核〜」とかって揶揄してるけど、同じように
「中国の弾圧は悪魔の弾圧、日本の国の弾圧は平和の為の弾圧」って言ってるみたいなもんだ。
やった国が中国なら非道の証明で、日本では国のやり方がいつも正しかったって訳ですか。
成田闘争やかつての運動を頭ごなしに非難するのならば、今の中国で暴動してる人民達をも非難しなさいよ。
彼等は祖国の発展よりも自分たちの生活を守る事、先祖からの土地を守る事の方が大事だとして行動を起こしている「自分勝手な国民」であり、「国に損害を与えている人たち」なんだから。
(共産党幹部や地方役人の汚職も絡んでいるので中国の場合は一概には言えないが、この成田問題でも利権がらみの問題はあったと思う)
あまりな意見ばかりなのに、やっぱり2ちゃんの大部分はこの程度なのかと思わざるを得なかった。
国の発展と経済を優先するか、一人ひとりの暮らしを守る事を優先するか、
国が発展していく途中で、きっとどこの国もが悩みぶち当たる選択なのだろうと思う。
沖縄の米軍基地にしても、、産業廃棄物処理場建設などでも道路の拡張工事一つとっても。
だれしも住み慣れた土地を離れたくない。だれしも今の自分の職業を失いたくはない。
国が当時どれだけの補償をしたかは知らないが、お金をたくさんもらえればそれでいいというものでもないし。仕事自体がなくなるのだから仕事の斡旋をするとか、代替地を用意するとかという話はあったんだろうか。。。
(案外知られていないけど収用は時価よりも相当に安い事が多い。そのかわり土地収用にはその譲渡所得税に5000万の控除がついていて、税金がかからないようになっている)
今でこそ権利者の声を大事にするようになったけれど、少し前までは「お国がお国の大事な事業の為にあんたの土地を買い上げてあげるんだから、多少安くても かしこまって承りなさい」的な態度を行政側の人間は平気で取った。ホントにそうなのだ。
(この場合の「少し前」というのは20数年くらい前まで。
この三里塚闘争が1977年って言っているので28年前。だから25年くらい前までかな。。。)
その行政側の態度が気に入らなくて元々収用の話が来たら、ちゃんと受けようと思っていたけど腹が立って止めたという人の話を何度も聞いた。
(今はそれが良くなったかというと、それは知らないです。)
こういう運動が高まったが為に国の収用もその後慎重に行われるようになったという事実も忘れて欲しくはない。
そして又、今こういう暴動が盛んに行われている他国においても、それが永久に続くというわけではなく、行政側もそれに学び、徐々にやり方を変えて民主的な方に進んでいく事もあり得るのではないかとも思う。
(あり得るのではないか、だ。確かにとはとても今の中国を見ていては思えないが)
国の発展、地域の発展の為には、多少の自己犠牲はやむを得ず公共の利益の為には、多少の自分の欲は捨てねばならないという主張はたしかに正しい。
自分の欲に飾りをつけて格好ばかりを整えて道理を装い、権利ばかりを主張する昨今の風潮に比べればそういう意識を取り戻せ、と若者が叫ぶのはいい傾向だとも思えるけど、
そういう事を言う人は、自分の所属する会社の為に賃金の多寡にとらわれず自分を捨てて尽くし、家の仕事もいつも手伝っているのだろうかと考えてみたりする。
んな事を書いている内にスレは1000を超え、リロードしたら見られなくなってしまいましたが…(泣)


